「舞人さんっ♪」
「ん? おぉ、かぐらちゃんじゃないか」
 街中をブラブラと彷徨っていた俺に声をかけたのはかぐらちゃん。
 やはりかぐらちゃんは可愛い。しかも今は私服ときた。
 というか、いつも慌てるしぐさがおんもしろい。
「舞人さんはこれからどこ行くんですか!?」
「あ、ああ……ちょっとコスモを感じるために、商店街を2秒で走りぬけようかなぁ、と考えていたとこだ」
「あ、そうなんですか! じゃあ、かぐらもお供しますね!」
「あ、い、いや、やっぱやめとく。疲れるし」
「あ、そうですね!」
 いつもどおり元気でちょっと抜けてるかぐらちゃんだ。
 ……かわゆい。
「じゃあ、わたしと公園まで散歩しませんか?」
「う、うむ。お供しようじゃないか」
「はい♪」

勇気を出して

1.

 きゃいきゃい と子供の声が聞こえる。
 キョロキョロ
 ……よし。知り合いはいないな。
 知り合いがいないことを確認し、公園のベンチにかぐらちゃんと腰掛ける。
 距離は30センチ。
 ふわりと風と共にかぐらちゃんのいい匂いがしてドキドキする。
 むぅ。な、なんで俺はドキドキしてるんだ?
 理由は簡単だった。
 俺は彼女に惹かれていた。
 一つ一つのしぐさ。何より、元気さ。何度この元気に励まされたことか。
 ちらっと横目で隣に座るかぐらちゃんを見る。と、目が合う。
「……あ、あのっ! 舞人さん!!」
「は、はい!!」
 何故か敬語に。
 な、なんだ? 俺は怒鳴られるようなことはして…………うん、してないぞ。
「わた、わたしと、つつつつつつつつつ」
「つつつつつつつつつ?」
「つつつつつ……っ、付き合ってください!!!!」
 ……え?
「あ、ああ。付き合うって別にいいけど」
「えっ!?」
「何に付き合うんだ?」
「あっ――――」
 まったく。舞人、意地悪したるなって。
 ……山彦の声が聞こえた気がするが気のせいだ。
 そんな電波をとばす友達は俺にはいない! ……はずだ!
「えっと。わたし、舞人さんのことが……すすすすすすすすすすすす」
「すすすすすすすすすすす? もすすもすすもすすのうち?」
 あれ? 何か違う気がする。
「すすすすすすすっ、好きです!!!! 付き合ってください!!!!」
「………………かぐらちゃん」
「あっ――――んっ」
 俺はかぐらちゃんの首をこっちに向け、キスをした。
 何故俺はキスをしたのか――――
 自分でも無意識のうちに唇を合わせていた。
 しめった感触がする。
 どうしようもなく彼女が愛しく感じて、キスをした。
 何故愛しく感じてしまうんだ。
 俺は、かぐらちゃんのことが、
「んっ――――舞人、さん……?」
「……俺も、かぐらちゃんのことが好きだよ。だから、付き合おう」
「あっ……はいっ! よろしくお願いします!!」
 元気いっぱいの笑顔に、キラリと涙が光っている。
 でも、それは悲しみの涙じゃない。
 喜びの涙だ。
 俺はその涙を指ですくってもう一度キスをした。
 今度は長く長く。
 長く、かぐらちゃんを感じていれるように。
 そうして、俺とかぐらちゃんは恋人同士になった。

『……また、忘れるだけなのに。よくやるなぁ』

 一人の少年の声が、闇に響いた。
 キスをする舞人たちには聞こえなかったが――――
 忘却が、始まる――――

2.

「舞人さん舞人さん!」
「おうおう」
 かぐらちゃんによって俺は引きずられていく。
 ただ引きずっているわけじゃない。
 かぐらちゃんが俺の腕に抱きついているのだぞ。しかも、ときどき「むにゅ」なんていう感触まであるのだぞ!!
 むにゅ
「おうっ!」
「はい?」
「いや、何も何も。HAHAHA」
「そうですか?」
「そうなりそうなり」
 必死にごまかした。情けないたらありゃしないが。
 冷や汗がばんばん出て背中がベットリしてます。うあ、気持ち悪い……。
 ちなみに、俺たち今デート中。っても商店街を走り回ってるだけなんだけどな。
 それでも俺は楽しい。
「舞人さん」
「うん?」
「お昼、何食べますか?」
「あー、もうお昼だな。そうだな……」
 俺は考えたふりをして、口を開いた。
「かぐらちゃん」
「へっ!?」
 お、だんだん顔が赤くなってきた。
「ひえええええええーーーーーーーーーーーーー」
 お、おもしろいっ。
「い、いや、冗談だよ冗談。そうだな、ファーストフードでいいんじゃないか?」
「冗談ですか……もうっ。舞人さんは昼間っから何を言うんですか……」
「……ごめんなさい」
 かぐらちゃんに睨まれ思わず謝ってしまう。
「……その……そういうことは、その……夜、にお願いします……」
 か、可愛いっっ!!
 って、うえぇえ!? ま、まじですか? まじなんですね? やほー。頂きます。夜に。
「あ、ああ……じゃ、昼食べよう」
「は、はい……」
 顔真っ赤にしてほんと可愛いなぁ。

 夜。かぐらちゃんを頂きました。きゃー。

 ちゅんちゅん
「朝か……」
 起き上がる。
 不思議と目が覚めていた。
 胸の奥がなんかむずむずする。こう、嫌な予感がするというかなんというか――――
「ちっ。なんだ、これ……」
 なんかすげー嫌な感じ。昔味わったような――――え?
 昔、味わった? 何を? 思い出せ。

 君は人と愛し合うことはできないよ。何故なら忘れてしまうからさ

 昔、誰かが言ってた。誰かは思い出せない。小さな子供だったような気もしないことも無い。
 いや、待て。忘れる?
 かぐらちゃんが、俺のことを?
 愛し合ったことを?
 昨日の夜、この部屋でしたことも忘れる?
「……ぷじゃけるな」
 俺は急いで着替え、かぐらちゃんの家に向かう。

「かぐらっ!」

 かぐらちゃんの家は知っている。昨日さすがに親が心配するからと家に帰った。そのとき家まで俺は送ったからわかる。
 迷わずにかぐらちゃんの家に辿り着く。
「はぁ、はぁ」
 全力疾走だったため、肺が酸素をよこせとうるさい。
 足はいきなり走ったため棒のようだ。
 だが、そんなことは今気にしてられないんだ!

 ガチャリ

「いってきまぁす…………あれ?ままままままままま、舞人さんっ!?」
 ほっとした。かぐらちゃんの驚く反応を見て。
「どうしたんですか?」
「いや、かぐらちゃんの顔が見たくてさー」
「何恋人みたいなこと言ってるんですかー」
 え? 今、なんて……?

 恋人みたい?

 みたいってなんだよ……くそぉ……くそっ!!!!
 俺は全てを理解してしまった。だから、かぐらちゃんの顔を見ることができなかった。
 そのまま背を向けて走り去った。
「舞人さん?……変な舞人さん。あれ?なんでうちを知ってるんだろ……教えたかな……」
 取り残されたかぐらちゃんは完全に俺の恋心は忘れていた。

3.

 かぐらちゃんがオレを忘れてから、一年――――
 オレはいまだに、かぐらちゃん――――いや、かぐらのことが好きだった。
 当たり前だ。忘れられるはずが無い。
 でも、どうしようもないんだ……。
 思い出して、くれるわけがない……でも、オレはもしかしたらと。そんな考えを持って今日まで生きてきている。
 いつか、思い出してくれるんじゃないか、と。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ぼーっと空を見上げる。
 透き通った青。気分がすがすがしくなるのか普通だろうな。でも、オレはそんな気分にはなれないな……。
「かぐら……」
 空に呟いてみる。かぐらに聞こえてますように。
 そんな儚い願いを乗せて。
 だけど、そんな願いを込めた言葉は風に流される。
 グラウンドから聞こえる部活中の野球部の声にかき消されていく。
 今回も、ダメなのか――――
 オレは一度、かなり昔に忘れた。誰を愛してたのか。それはわからないけど、誰かを愛していた。今回は前回とは違うことがあった。
 前回は、オレと彼女、両方忘れた。でも、今回はかぐらだけが忘れた。オレは、覚えている。
 これは、あいつなりにオレへの仕返しなのだろうか?
 オレに、生き地獄を見せようとしているのだろうか?
「くっ……」
 つらい。悲しい。心がつぶれそうだ。
「く、そ」
 少しでも気を抜けば、心がつぶれるような、そんな気がする――――
 かぐら……
 かぐら――――
 かぐらぁ……!!
 どんなに叫ぼうとも、オレのこの気持ちは彼女には届かない。

 あぁ、どうしてこんなにも――――
「心が痛いんだよ……!」
 オレの呟きはまたもや野球部員の声で、かき消された。
 それからしばらくオレは呆然と立ったままでいた。

 ふらふらと、今にも倒れそうな足取り。
 あぁ、ダメだ。
 一年たっても、こんなんのままだ。
 こんなんじゃ、かぐらを吹っ切ることなんて、絶対できない――――
「あ……」
 辿り着いていた場所。そこは、公園。
 かぐらと、付き合い始めた、最初の場所。
 かぐらと、初めてキスをした場所。
 ずきりずきりと心が痛む。
 あの頃を思い出して、幸せだった時間を思い出して、それが、今はもう叶わぬと思ってしまって、棘がグサグサと刺さる。
 ふと、影が一つあった。
 ベンチの前に、誰か立っている。
「誰だ……?」
 興味を持ち、歩み寄る。それは、オレの良く知る、愛しい女性――――
「舞人さん……?」
「かぐら……ちゃん」
 危うく『ちゃん』を付け忘れるところだった。危ない危ない。
 かぐらに見えないように、そっと溜め息を吐く。
「舞人さんは、散歩ですか?」
 いつもと違うかぐらちゃん。やけに、落ち着いている。
「う、うむ……。そろそろ散歩しないと死にそうだったのでな」
 自分で思った。ギャグにキレがない――――え?いつもない?……うっしゃい!
「そうですか」
 笑顔のかぐらちゃん。
 その笑顔が突然崩れた。
 泣きそう――――いや、泣いてしまった。
 ぼろぼろと、大きな雫が地面に落ちていく。
「か、かぐらっ!?」
 オレは慌てる。何が原因かわからないけど、かぐらに寄った。
「なんで、わたしは舞人さんのことを忘れていたんでしょうかっ……ぐすっ!」
「え――――」
 ドクン
 心臓が揺れた。忘れていた――――何を?
 オレのことを――――

 まさか
 まさかっ……
 まさか――――!

「かぐら……もしかして、思い出してくれ――――ふむっ」
 言葉は最後まで言えず、唇を塞がれた。
 唇に暖かい感触。あぁ、懐かしい。このぬくもりは、かぐらのだ。
 一年たった今でも、鮮明に思い出せた。
 やっぱり、オレは、かぐらが大好きなんだ――――
 唇が静かに離れる。
「舞人さん……大好きなんです……一年も待たせて、何を言っているんだとか思われてるんでしょうけど――――」
「そんなことはないっ!オレは、オレはずっとかぐらを見ていたよ……」
「舞人、さん」
 オレは叫ぶ。
「たとえかぐらがオレのことを忘れていたとしても、オレは忘れなかった。いや、忘れられなかった。かぐらのことが、大好きなんだよっ。今でもだ!」
 これは、オレの本心。
 吹っ切ることもできず、ずーっとかぐらを見ていた。

 かぐら……オレはこんなにも、お前を愛してるんだ……

「舞人さん……」
「かぐら……」
 二人は、もう一度キスをした。
 想い出がある、この公園で。
 もう一度、自分たちの物語を始める――――

 夜、ふっと目が覚めた。
「舞人、さぁん……」
 隣では、かぐらが寝ていた。幸せそうに。
 この笑顔をまたオレに見せている。
「かぐら……」
 オレは髪を撫でる。
「……ふにゅ~」
 なんて無防備な笑顔。
「くくくっ。可愛いやつめ」
 しばらく髪を撫でていたが、本来の目的を思い出し、手を止める。
 パジャマのまま部屋を出る。

 さわさわ、と風が鳴く。
 髪が揺らぐ。
 街が見える丘。そこに、彼は居た。
「よう」
「……幸せそうだね」
「まぁな」
 アイツはオレに憎しみの感情をぶつけてくる。
 オレはそれに屈せず、話し掛ける。
「オレとかぐらは、もう離れない。どんなことがあってもな」
「うるさいっ……僕は、認めない。認めてたまるかっ……!」
 そう言った後、姿が消える。

 バキィ!

「がっ――――」
 左頬に痛み。
 その痛みはじわじわと熱を放つ。その熱で殴られたのだと理解した。
「くそっ。なんでだ、なんで思い出すっ!?……あぁ、そうかっ……ここに姿を現さないようになったと思ったら、お前がやったんだなっ!」
 よろめいた体を、しゃきっとし直す。
 コイツは何を言っているんだ。
 そんな疑問が浮かぶが、今は気にしない。
 今気にすることは、一つ。
「何しやがるんだよ!」

 バキッ!

「ぐっ!」
 思いっきり殴ってやった。もちろん、グーだ。
「くそぉ。僕は、諦めないからな!」
 まったく、往生際が悪い。
「何度でも記憶を消してみろよ。オレとかぐらは、もう二度と離れない。
 オレは、かぐらを二度と放さない!」
 ざわっ――――
 風が吹く。
 何故か、ひどく、眠くなって、き、た――――

 幸せそうで、よかった――――

 それは、誰の声であったか――――

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ゆさゆさ
「舞人さーん。おはようございますっ」
「おぉ、我が体を揺さぶる不届きものは、かぐらであったか……」
「はいっ。かぐらですっ」
 笑顔のかぐら。何故かオレのパジャマを着ている。
 ……あぁ、そうか。昨日、あのままうちにに泊まりに着たからパジャマがなくてオレが貸したんだっけ……。
 まだうまく頭が働かない。
「まだ眠い……」
 昨日は早く寝たはずなんだけどなぁ……おかしいなぁ。
「じゃあ、かぐらが起こしてあげますよっ」
「あぁ、頼むぞ、我が体を起こしてくれたもう――――んっ!?」
「――――んっ、むっはむっ――――」
 いやいやいやいやいやいや
 ええええええええええええええええええええええええええええ
 朝から激しいですよ、かぐらさんっ!?
 シャイな僕に朝から大人のキッスですかっ!?
「んむぅ……はぁ……おはようございます、舞人さんっ」
「…………おっはー……」
 かぐらの顔はものすごく赤い。おそらく、オレもだろうけど。
 こんな朝をまた迎えることができた。
 ありがとう。
 オレは心から言う。
 もし、神様とやらがいて、神様がこの時間を与えてくれているのなら、オレは感謝しよう。
 ありがとう、と――――
 そして、願う。
 こんな幸せがいつまでも続きますように。

 ざわっ

「風?」
 密室の部屋で風が吹いた。
 そんな風とともに、声が聞こえた。

いつまでも、お幸せに

「……起きるか、かぐら」
「はい、舞人さんっ」

 さぁ、今日も幸せな一日がオレを待っている――――

END

あとがき
 前編・中編・後編とたった三つを書くのに、どれだけ時間がかかってんだ。
 すみませんすみません(ペコペコ
 ひたすら謝るしかないです。申し訳ないです。
 どうでしょうか、舞人×かぐら。
 自分的には、かなりハッピーエンドにしました。
 それ散るでは、やはり舞人が難しいです。このSS、舞人か……?(汗
 蛇眼さん……すんごい遅くなってほんと申し訳ないです。こんなのでも、満足していただければなぁと思います。
 それでは、ここまでお付き合いしてくださって、ありがとうございました。
 2004 7/23 つきみ
"それは舞い散る桜のように" (C) Basil

かぐら視点

「なんで舞人さん、わたしの家知ってるんだろ?」
 学校へ向かう。
 何故かずっと舞人さんのことが気になってる。なんでだろ?
 確かに舞人さんのことが好きだけど、告白は何故かできない。
 何か縛られているような、そんな気がして、できない。
 心に霧がかかったまま、わたしは学校へ向かった。

<記憶のカケラ>

「今日のかぐらなんかおかしいよー?」
「え?そんなことないって!」
 学校の友達から何回も言われた。

「ただいまー」
 靴を乱暴に脱ぎ、自分の部屋へ向かう。
 このもやもやとしたイラつく気分を抑えるためにベッドに倒れこもう。

 ばふっ

「……なんだろ。この気持ち。舞人さんのことを考えようとすると――――」
 胸が痛い。
 心が考えるな、と怒鳴っているよう。
 痛い――――
 舞人さんのことを好きになってはいけないということ?
 そんな。それならばなんて残酷。
 もう好きになっている。今から舞人さんのことを忘れろ、と言っている。
「でも、痛いよ……」
 ベッドの上でえびのように背を丸める。
 好き――――痛い――――好き――――痛い――――
 それの繰り返し。
 どうすれば逃れることができるの?

 ――――それは、彼を忘れればいいんだよ

 忘れる……?わたしが、舞人さんを?

 ――――そうさ。そうすれば、痛みもなくなるよ

 そっか。忘れる……だ、め。それはダメ。好きな人を忘れるなんて、できないっ!

 ――――そう。じゃあ、その痛みで悶え苦しんでよ、ははっ。

 ずきん
「あ、くっ……」
 痛い痛い。嫌だ嫌だ。どうするどうする。
 ならば、彼を忘れろ――――!
 悲鳴をあげる体を無理矢理押さえ込む。
 わたしは、舞人さんを忘れたくない!

 桜よ

 そんな声が聞こえたと同時に痛みが消えた。
「……? 桜の花びら?」
 ベッドにひらりと舞い落ちる桜の花びら。
 そんなことより、さっきのことはいったいなんだったのだろうか。
 わからない。理解できない。
「もう、今日は寝てしまおう――――」
 思考は、睡眠へ。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 朝――――
 ちゅんちゅん、と鳴き声が聞こえる。おそらくすずめ。
「……全然寝た気がしない……」
 まだ起きない頭を無理矢理活動させベッドからおり、制服を着る。
「ん?ポケットに何か入ってる……」
 ごそごそと取り出すと、それは
「舞人さんメモ?」
 こんなところにいれっぱなしだったんだ……
 ぺらっと適当なページを開く。そこに書いてあった事柄に驚く。
 だって、これは、まるで、恋人同士――――
「公園ではじめてのキス って――――あうっ!」
 ずきんずきん
 頭痛。頭が考えるな、とわたしに伝える。

 知らない。そんなことは知らないっ!

 ずきずきと痛いけど、痛くない。
 意識がなくなりそうに痛いけど、痛くない。
 舞人さんのことを考えるのに、どうして痛くならなきゃいけないの――――!

 痛む頭を無視して、わたしは記憶の海へもぐる。
 舞人 という記憶のカケラを探す。

 ずきんずきん、と鳴っていた頭痛は今ではがつんがつんとハンマーでわたしの頭を殴っているかのような痛みになっている。
 でも、知らない。わたしの体が悲鳴をあげようが知らない。
 今は舞人さんのことが大事。何故かこれは一番大事だと、直感が告げていた。

 がつんがつん、と鳴っている頭痛。舞人さんのことが思い出せなくなる。
 嫌だ――――!

 桜よ

 ふわっと、それは昨日聞いた声。まるで、癒しの声。いや、まるでじゃない。ほんとに癒してくれる声。
 頭痛が消えた。昨日と同じように。
 手を伸ばす。これでもかっ、てくらいにわたしは伸ばす。

 捕まえたっ、舞人さんっ。

 そして、わたしは全てを思い出した。

(何も手を付けずそのまま再アップしました。今読むと恥ずかし笑いが漏れますね!2017/11/9)

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