今日は雨が降っていなかった。
木々の間から日差しが差し込む。
「あちいなあ」
もう夏になる。
そろそろエアコンのフィルターを掃除しなきゃなあ。
そんなことを考えながら花を飾った。
リナの、お墓に。
両手を合わせ目を閉じる。
ずっと忘れていたことを謝罪し、いのりと生きていくことを伝えた。
ふと、気づけば誰かが後ろから歩いてくる気配がした。
叔母さんかな、と考えていたら。
「てめえ」
「……飛田」
振り返れば不機嫌な顔をした飛田扉が立っていた。
その手には、綺麗な花があった。
「どの面下げてここにいやがる」
「やめよう」
「あ? ふざけんなよ」
「違う。そういう意味じゃない」
「……なめてんのかてめえ」
「ここは、リナの前だ。ここじゃない場所ならいつでも相手になる」
「……ちっ」
舌打ちをしてリナの墓前に移動する飛田。
そうだよな。ここは争う場所じゃない。
如何に飛田がリナを想っているかが分かり、少し嬉しくなった。
花を添えて、また振り返る。
「まだいたのかよ」
「ひとつ言っておく」
飛田を見据えた。
「俺は、いのりを愛してる。あいつと、生きてく。ずっと、生きてくんだ」
「てめえには嘘つきがお似合いだよ」
決して褒めている口調じゃない。これはいのりを軽蔑している声色だ。
小ばかにした笑み。
でも不思議と、怒りはなかった。
「確かに嘘をついていた。それは認める。でも、それでも。
どん底に堕ちた俺を救ってくれたのはいのりなんだ。それは、本当のことなんだ。
だからといって、リナを忘れていたことは許されないことだ。
今更こんなことを言うのは都合が良いことだってことも分かってる」
ふう、と一息。
飛田は俺の言葉を待ってくれているらしい。
「もうリナを忘れることなんてしない。
全部俺は背負っていく。いや、俺たちは、だ。
天使が大好きだった……俺が大好きだった女の子を……俺はもう二度と忘れない。
この恋愛感情も忘れない。全部、持ってく。
……それだけ、言いたかった。引き止めて悪かったな」
俺はもう一度一息つき、歩こうとする。
「待てよ」
すると飛田に呼び止められた。
珍しいこともあるもんだ、と振り返る。
その顔は、憎しみではないと感じた。
「今までリナのことを忘れていたてめえが言うなんて、信じられるわけがねえ」
「だろうな。でも、信じてくれ。それしか言えない」
「……てめえはアイツに似てやがる。むかつくぜ」
「は?」
「決めたら真っ直ぐ突き進む、プライドすらも捨てやがる……あの馬鹿に」
誰のことかは俺にはまったくわからない。
が、馬鹿にされてる感じでもない。
気づけば飛田は俺の隣を通り過ぎてゆく。
後を着いていく、なんてことは出来るわけもなく、見送る。
そして、突然立ち止まった。
「お前らの相手はもうめんどくせえ。めんどくせーよ」
「……」
「相手してると疲れやがる。真っ直ぐすぎてよ」
呆れたような口調だ。こんな口調も出来るんだな……。
「だけどよ」
再び飛田は歩き出した。
「そういう真っ直ぐな馬鹿でいんじゃねーのか。イッシュー」
「……え」
アイツ、俺を、呼んだ?
なんで、どうして。
まてまて。俺も名前を……えっと、確かこうやって呼んでたのがいたな……。
「サンキュ! また逢おうぜトビー!」
俺の言葉には反応せずに去っていった。
「リナ。ごめんな。ありがとうな。
俺は、いのりと生きてく。幸せに生きてくから。
だから、見ててくれな」
2009/9/14