? 約束を交わした埋葬機関

約束を交わした埋葬機関

 

1.

 あれから一週間。いろんなことがありすぎた。

 "破壊"と契約。
 街の崩壊。
 復讐を誓った夜。
 シエルと出会った。
 そして。

 埋葬機関という魔を打ち倒すための組織に入ったこと。

 これらは全て偶然におきたことか。必然におきたことか。
 オレは戦いの術を知らなかった。さっきまでは。
 でも、今は知っている。それは何故か。

 "破壊"が戦う術を教えてくれたから。
 口で伝えてくれたわけじゃない。体の中へ染み込むように伝わったのだ。
 口では言い表すことができない感覚。
 最初から知っていたように使いこなすことができる。

 あとは、なれるだけだ。

 そして、今夜は初の仕事だった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「いや、オレやることねーじゃん」

 目の前の景色を見てオレは呟いた。

「こんのあーぱー吸血鬼!」
「なによ、でか尻カレー女っ」

 ————ただの喧嘩だった。
 シエルと相手は、真祖の姫君アルクェイド・ブリュンスタッド。
 なんつーか、オレ居るだけ無駄じゃん?みたいな感じにそっちのけに戦っている。

「あぐっ!」
「ふん。シエル、そろそろ遊びは終わらせるわ」

 アルクェイドの腕が振るわれる。
 風を切り、紫の刃を生み出しシエルを切り裂くと言わんばかりの一撃。
 それを、オレは破壊した。

 ドンッ————

 紫の刃とオレの刀が激突し、風が爆ぜる。
 風の残り香に紛れオレはアルクェイドに切りかかる。
 体が自然に動く。三日前までは何もできなかったのに。
 この力があれば、よかったのに。
 気づけば後悔をしている自分がいた。
 そして。

 それが隙を生んでいた。

「がっ!」

 こちらから攻撃を仕掛けたのにも関わらず、オレはアルクェイドの紫の刃によってズタズタに切り裂かれ吹き飛ばされた。

「相沢くん!」

 がつん————と人気の無い裏路地に響く激突音。
 背中から壁に突っ込んだ。激しく痛い。
 かはっ。と自分の口からうめき声が漏れているのがわかった。

 追い討ちをかけるようにアルクェイドがオレに走り寄って来る。
 体にムチをいれ、横に飛ぶ。
 コンマ一秒の差でオレが居た場所が粉々になる。
 オレは立ち上がり、ふぅと息を吐く。
 呼吸はすでに安定。問題はなし。
 刀を右肩の上におく。
 これは余裕の構えでもなんでもない。これが、"破壊"の構えなのだから。

「おもしろいわ。私とやろうっての」
「ああ。こいよ、真祖」

 オレの返事が戦いの合図。

 紫の光を全身に滲ませながら向かい来るアルクェイド。
 おそろしいほどの量の殺気。
 "アイツ"以上の強さだ。絶対に。
 体が小刻みに震えている。

 これは、恐怖?
 オレは恐れているのか?アルクェイド・ブリュンスタッドという存在を。
 バカな。体が動かない。怖い。とても怖い。
 動かなければ殺されるというのに、体はぴくりと動かない。
 死ぬのか。

「震えちゃって。可愛いじゃない。————死になさい」

 空間そのものが爆ぜた。

 全てをぐちゃぐちゃにぶち壊す非常識な一撃。
 それを受けた。
 体がバラバラになるような感覚に襲われる。
 体中から流血しているような気がする。

 ————寒気がするだけで、痛みが無い。

 どさっ、とオレは地面に落ちた。どうやら宙を舞っていたようだ。

 景色が真っ白だ。
 世界が、真っ白、だ……。
 オレ、今息してんのかな……。
 オレ、死ぬのかな……?

 真っ白の世界に、黒の世界が交じり合う。
 え?と呟いたつもりが、何も聞こえない。
 白と黒の世界。音もなく、何も語らぬ世界。
 シエルとアルクェイドがスローで動いていた。そう、その動きはコマ送り。

 これは、一体なんだ————

 いや、そんなことはどうでもよかった。
 この力を手に入れたのに、動けなく、無力だった。
 音もなく、白と黒の世界。そして、動きが遅い。
 倒れながら、顔をアルクェイドとシエルに向ける。
 自分の動きもコマ送り。
 シエルとアルクェイドが何かを喋っている。
 アルクェイドの右腕には黒い霧がかかっている。

 あれは、紫の刃か————!

 二色の世界は、何もかもを二色に写しているようだ。
 おそらく、これはシエルが言っていた魔眼。
 死の淵に達すると開花すると言われる魔の瞳。
 オレの魔眼は、瞬間を瞬間で見ることができるようだ。
 これなら、アルクェイドの攻撃を見切れる!

 オレはゆらりと立ち上がり、シエルを襲わんとするアルクェイドに刀を向けた!

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「新人の子もたいしたことないわね」

 アルクェイドはつまらなさそうに呟いた。
 その言葉に、シエルは過敏に反応する!

「アルクェイドォォォオ!!」

 黒鍵を取り出し、投げる。

 何本投げたのかなんて考えていない。持っている黒鍵を全て投げた。
 だが、そこに立つは無傷のアルクェイド。

「終わり?なら、殺してあげるわ————」

 そう言い放ったアルクェイドは。

「お前が死ねよ」

 祐一の刀によって切り裂かれた。
 風を巻き起こし、ズタズタにアルクェイドを引き裂いた!

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 アルクェイドは完全に油断をしていたのか。簡単に切り裂くことができた。
 体はまだ震えを発する。
 オレはそれを無理矢理押さえ込み、アルクェイドと対峙する。

 恐ろしいほどの殺気。さっきよりも濃い殺気だ。
 常人なら、それだけで死ぬであろう。
 脳裏にオレが殺されるシーンが思い浮かんだ。
 殺気で脳がやられている。
 なんかむかついたので、脳裏で死んだオレはアルクェイドを殺し返した。
 それで、震えは消え去った。
 心地よいと思える殺気になった。
 これでいい。

「殺してあげるわ、あなた」
「————お前が死んで来い」

 お互い跳んだ————!

 アルクェイドの爪とオレの刀がぶつかる。
 カマイタチを巻き起こすオレの刀。
 それを。

「殺してあげる————!」

 殺気だけで吹き飛ばすとんでもないバケモノ。
 どうせ死ぬなら、お前と道づれだよ!

 アルクェイドの目は金色に輝いていた。
 魔眼だ。どんな魔眼かは知らないが、このままじゃ殺られる————

「行くぜ、アルクェイド。オレはタダじゃ、殺されない」

 魔眼 発動。

 景色がモノクロになった。音は遮断。映像はコマ送り。

 アルクェイドの振る腕がどちらから来るなんて、簡単に視える。
 それを掻い潜るのは不可能。だが、攻撃の当たる場所まで掻い潜るのは可能だ。

 一撃を避け、二撃を掠り、三撃が、オレを薙ぎ捨てた————

 一撃を避けた後、刀を槍のように構え。
 二撃を掠った後、槍のように刀を突き出す。
 三撃がオレを薙ぎ捨てた後————オレの刀がアルクェイドの心臓を突き刺した。
 カマイタチが爆発。アルクェイドの内部をぶち壊す!

 ドンッ!

 魔眼が解除された。おそらく、限界まで視たからだろう。
 切り裂かれた傷からは絶え間なく流れる血。
 今はそんなことはどうでもいい。
 アルクェイドを見る。

「……やるじゃない。中身がボロボロよ……再戦は近々殺りましょ」
「……オレはごめんだ。相打ちでも倒せないんじゃ、無理だ」
「そう。残念ね。あなた、名前は?」
「相沢 祐一だ。祐一でいい」
「そ。じゃあ祐一。そんな仕事していればまた会えるかもね」
「オレは会いたくないっつーの」

 最後に「あはは」と笑い声を漏らしアルクェイドは夜の街に消えた。

「相沢くん!」

 シエルが駆け寄ってくるのだが、力が入らない……あぁ、倒れる————。

 どさっと地面に倒れた。
 血を流しすぎたせいか。肉を抉られたせいか。魔眼を酷使しすぎたせいか。
 理由はありすぎてわからないが、とりあえず眠かったので眠ることにした。

「相沢くん!寝てはダメです!ああ、もうっ!」

 意識が落ちる前にオレが見た景色は。

「稀織ですか!?今すぐ来てください!重傷者です!早く!」

 携帯電話で誰かと話すシエルだった。

 彼は目覚めた後出会う。
 美坂 稀織に。

2.

 シエルに呼ばれ、行ってみればなんてことだ。
 真祖の姫君と戦った、だそうだ。
 よく死ななかったものだと、この新人埋葬機関に行ってやりたい。
 オレは彼の傷に手をあて、気をめぐらせる。

 "癒し功"

 彼の傷の治りを促進。
 ずるずると血が彼の中へ戻る。気持ち悪い。だから、オレはこの功を使っていないんだけど。

「はぁ。これで大丈夫だろ」
「さすが、稀織ですね。"氣"と呼ばれているだけありますね」
「その名前、好きじゃないな、"弓"」
「……そうでしたね。失言でした」

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 目覚めたら知らない部屋だった。
 見回すとどうやら女の子の部屋のようだ。可愛い飾りつけなんかもある。
 ギシリ、とベッドが音をあげる。そうか、オレはベッドで寝ているのか。
 むくり、と起き上がり、部屋を見回した。

「……誰の部屋だ?」

 知らない部屋。としかいえない。

 ガチャリ。

 部屋のドアが開いた。
 シエルが入ってきた。ここはシエルの部屋なのか?

「シエル……オレは確かアルクェイドと相打ちに」
「はい。ですから、治療できる方を呼んで治してもらいました」

 そういわれれば、傷による痛みがほとんどない。
 違和感が若干ある程度だ。すごい。なんて治癒力。

「お、気分は良くなったか?」

 と、一人の女性が現れた。
 ワイルドな雰囲気を持たせる服装。ジャケットにジーパン。鋭い、睨んでいるような目つき。
 だが、一般女性の体よりも遥かに男を振り向かせるナイスバディにはビックリだ。これにかかれば目つきの悪いなんてワイルドな女性になってしまうだろう。

「あの、傷を治してくれてありがとう」
「礼を言うことじゃない。人が死ぬのを見るのは、オレはごめんだったんだよ」

 オレ、という一人称を使う女性はかっこよかった。
 一目惚れしそうな彼女だ。

 ————でも、オレは思い出した。破壊との契約を。

 そういえば、オレの恋愛感情はささげたんだったな……。
 ま、こんな仕事するんだ。愛なんて感情は邪魔だろう。

「それでも、礼は言う。ありがとう」
「……どういたしまして」

 照れながら話す彼女は可愛かった。

「じゃあ一応自己紹介しておく。相沢 祐一だ。祐一でいい」
「オレは美坂 稀織。こっちも稀織でいい」
「おっけ。よろしく、稀織」
「ああ。よろしくな、祐一」

 お互い笑いながら握手した。
 シエルがのけ者にされて不機嫌だったとこは言うまでも無い。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「で、祐一。お前、真祖と相打ちだったって?」
「え、ああ、そうだが?」

 稀織の質問にオレは簡素に答える。

「埋葬機関に入ったばっかだってのに、たいそうな実力を持ってるな」

 ————稀織の視線が冷たくなる。
 ぞくり、と背筋が震えた。

 殺されるのでは?
 殺られるまえに、殺れ。
 そうしないと、あのときのようなことがおきるぞ?

 本能が告げた。

 ————こいつを殺せ。

 と。

「稀織、やりすぎですっ。いくら真祖と渡り合ったからって、恐怖をそうそう克服できるものではないですよ」
「……そうだな。悪い、祐一。やりすぎた」

 何を言ってる?
 オレを殺すんじゃないのか?
 そんな言葉を聞きたいんじゃないんだ。
 オレは、オレを殺そうとするものを。

 ————徹底的に"破壊"してやるんだ!

「殺される前に、殺す」

 "破壊"を心の中から呼び出し、右手で持つ。構えはなし。
 ひゅん、と風を切り、稀織に刀を向ける。

 がきんっ。

 金属音。だが、稀織の腕には何もない。
 手の甲でオレの刀を受け止めていた。
 まぁ、カマイタチを使えばそんなの意味はないが。

「————まじかよ」

 その腕に練られている氣を見てオレはそう漏らすことしかできなかった。

「喧嘩早い性格してるな。おしおきがいるか?————小僧」

 稀織の拳が消えた。
 刹那————がつんっ!

「がはっ!?」

 腹を殴られた。ハンマーに殴られたかのような、衝撃。それも、一つじゃない。三つくらい一気にハンマーで殴られたような重い一撃。
 その一撃の速度、重さ、相手の余裕を見て思う。

 勝てるわけがない、と。

 恐怖した。彼女の一撃に。治癒に長けている。そして、殺るのにも長けている。
 迷いもなく、オレを殴った。それはつまり、殺りなれているということだ。
 オレは殺すことに慣れているわけがない。死体は見慣れているが、そんなこと今は役に立たない。

「げほげほっ!がはっ!」

 激しく咳き込む。
 第一、仕掛ける場所がまずい。
 狭い一室。相手はドア付近。
 オレよりも動ける範囲が広い。対するオレは刀。この狭い空間でおもいきり震えるはずがない。

 オレは咳き込む体にムチをいれ、近くにあった窓に飛び込む。
 タックルで粉々に割り、外に出る。
 何故か外には人がいなかった。気配すらない。
 何か、変な壁に包まれている感覚を"破壊"が掴み取る。それがシエルのかけた結界だと気づくのはたやすかった。

「状況判断は間違っていない」
「ぐっ……殺されてたまるかっ!」

 冷静にことを判断する心など今はない。
 とりあえず、殺されるわけにはいかない。オレは"アイツ"に復讐するために埋葬機関に入ったのだから。
 オレは破壊を右肩にそえ、対峙する。

 どくん。

 胸が高まる。壊す。壊す。壊す————

 破壊衝動を止められない。全てを壊したい。
 あらゆるものを壊したい。————まずはこいつを壊したい!

 仕掛けたのはオレ。
 ひゅっと前に跳び、刀を振る。

 がきんっ。と、予想通りに拳で受け止める稀織。
 だが、それは無駄だ。

 どんっ!

 風が爆ぜた!
 カマイタチが稀織をズタズタに引き裂く!

「なっ。ぐ、祐一。おもしろい刀を持っているな」
「……まあな。恋愛なんてものまで捧げたからな」

 破壊衝動が治まった。
 稀織の言葉を聞き、止まった。
 なんで止まったのかは謎だったりするが。

「あーあ、お気に入りの服だったんだがな」
「すまん。つい」
「つい、でお前はオレを殺すのか?」
「それは、稀織が殺気を送るからだろーが」
「……それもそうか」

 稀織はあっさり引き下がった。
 やれやれ、とオレは肩をすくめる。

「それにしても祐一。お前強いな」
「そうか?」
「ああ。オレ一応第四位なんだが」

 ボロボロの姿の稀織は溜め息を吐いて、オレに歩み寄る。
 オレは?マークを浮かべながら稀織の近づいてくるのを無防備で待っている。

「オレよりも強いやつが身近にいるとは。しかも、新人ときた」

 稀織の言葉には何かが混じっていた————それは、オレが捧げたものなのだろう。
 何故かそう思った。

 かつかつ。

 誰も居ない結界内、稀織の足跡だけがやけに響く。
 オレの目の前に立ち、稀織は口を開く。

「一目惚れって信じるか?」
「————さあ?」

 まさしく、それはオレの知らない感情。いや、知っていた感情、か。

「オレはこの刀"破壊"と契約する際に恋愛感情というものを捧げたからな。そーいったことは悪いけど、わからん」
「————そう、か。なら、これからわかってくれると嬉しい」
「は?————んっ!?」

 疑問に感じたときだった。稀織の柔らかい唇がオレの唇に押し当てられたのは。
 ひどく、甘い。なんだ、これは。
 頭がぼうっとする。そういえば、これファーストキスじゃん。

 唇が離れたとき、何故か名残惜しかった。
 それは何の感情から来るのかはわからない。

「……ま、こういうことだ。一目惚れだ」
「そ、そっか」

 何故かどもった。上手く言葉が出せない。
 キスだけで体が熱くなるものなのか。
 やけに心臓の動きが早い。
 顔が熱い。全身が、熱い。

「出会いの記念だ。祐一、飲みに行かないか?」
「いや、未成年ですけど」
「気にするな。ついでにオレと付き合わないか?」
「……すまん。それについては、無理なんだ。さっきも言ったが、オレは————」

 言葉を最後まで紡ぐ前に、唇を塞がれた。甘い唇によって。
 さっきよりも優しいキス。オレを包み込むかのような、暖かなキス。

「ん————。飲みに行くぞ」
「————仕方ないな」
「っても、その前に着替えなきゃいけない」

 稀織はそう言って部屋に戻っていった。
 オレは戻ってくるまで待つ。

 頭の中が混乱している。展開が速い。

 オレは自分の唇に手を添えた。
 甘い香りがするような気がする。
 それは本当に気のせいなんだろうけど、オレはしばらくそうしていた。
 余韻に、浸るように。

「愛って、なんだろうな……」

 捧げた後に思った。
 愛を、知りたいって。

3.

 とにかくすごい。稀織の飲むペースは。
 酒の嗜みを持つとはいえ、このペースにあわせるのは無理だ。
 飲んでいる酒は軽いものばかりだが、飲んでいる量がハンパじゃない。

「でさ、祐一。うちの故郷がな————」

 喋りながらもがんがん喉をとおっていくアルコール。
 顔がほんのり赤い程度。ありえない、なんて強さだ。

 オレは稀織のペースにあわせてのんだ。だって悔しいじゃないか。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「祐一。飲みすぎだ」
「あー、体が重い……だる……」
「オレにあわせて飲むからだ」
「お前は化けモンかっ」

 稀織の肩を借りながらオレは岐路についていた。
 あー、なさけないけどやっぱだるい……。

 夜風が気持ちいい。

 シエルのアパートに辿り着いた。
 シエルの部屋は心と静まり返っている。
 どうやら夜の見回りにでかけているようだ。この様子なら数時間は帰ってこない。

 どさっ、とオレはシエルのベッドに下された。
 ぐでー、と寝転がる。もうこのまま寝てしまおう。
 そう思っていたときだった。

「んっ」
「んぐ」

 甘美なキス。稀織だ。さっきの酒が残っている。アルコールの匂いが鼻をすする。
 そして、唇に酒でも塗っているのか。酒の味が、する。ひどく甘い。
 前と同じ快感。このまま味わっていたい。そう思ってしまうのはやはり男という証拠だ。

「ん……はぁ」
「……キスって、気持ちいいんだな」
「気に入ったか?」
「ああ……稀織の唇かなり気持ちいい」

 オレは酔っている。酔っていない限りこんな発言はしない。
 もう快楽に身を任せようとしている。オレはこの先に進むことを望んでいる。

「じゃあ、するか?」
「……何を?」

 稀織の次に言う言葉をわかっていながらも聞き返す。

「セックス」
「……ああ。初めてだから優しくやってくれよ」

 オレはおどける感じに稀織に言う。

「それは保証できないな」

 にやり、と怪しく稀織が笑った。
 その表情はとても美しいものだった————

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 行為を終えたあと、二人はベッドで顔をあわせながら横たわっていた。
 初めてのセックスはかなりよかった。やみつきになりそうだ。

「なぁ、祐一」
「ん?」

 稀織の顔は曇っている。何を思っているんだろうか?

「お前、オレのこと好きになれないんだよな?」
「いや、好きだけど、愛するということはできないんだ。さっきみたいに快楽をむさぼる、最悪なことしかできない」

 オレは自嘲気味に笑った。
 稀織は、きゅっと口をつぐみ、一度頷いてオレを見る。正面から。真剣な瞳で。

「なぁ、祐一。この仕事もおそらくシエルが今夜にでも終わらせると思う」

 それはオレも思っていることだ。
 そして、オレはシエルとともに埋葬機関の本部へ行く。
 何故か稀織と離れたくないと思っている自分がここにいた。
 これはなんの感情なんだろうか?

 ————わからない。

「祐一を抱きたくなったら行っていいか?」

 不安そうにオレを見る稀織はとても可愛かった。

「ああ。いつでもこいよ。大歓迎だ」

 オレは笑顔で言った。これは本心。大歓迎だ。
 稀織といることは嫌いじゃない。むしろ、好きだったりする。

「その言葉、本当だな?」
「ああ。本当だ」
「約束だぞ?」
「————んっ」

 ちゅっ。とキスをした。なんかいもやられてりゃそら慣れる。

「約束のキスだ。これでいいだろ?」
「————ははっ。祐一、好きだ」
「……ありがとう」

 オレはそう返すしかなかった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「なんで二人が私のベッドで裸で寝てるんですかーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」

 あ、シエル忘れてた。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「ってな感じだな。稀織との出会いは」
「へぇ、そうなんだっ」

 興味津々で月香はずっとオレの話を聞いていた。
 目がキラキラと輝いている。
 次にこいつが言う言葉なんて簡単に予想できる。

「ね、祐一っ。私を抱いてっ!」
「寝言は寝てから言え」
「はわーっ!」

 交わした約束は今も尚、続いている。



おわり

あとがき_1
 せ、戦闘シーンだけで終わってしまった。
 まぁ、祐一の街が崩壊して、破壊を手に入れたすぐ後の話です。
 にしても、稀織を出せなかった……ちくせう。
 次回には出てくるので、稀織ラブなお方(いませんってば)お待ちくださいませ。
 それでは、この辺で。
 2004/9/16 つきみ

あとがき_2
 活発な、突発的行動が大好き稀織さん。
 こんな感じにどっぷりと祐一くんにはまりこんでいくのですよ。
 それでは。
 2004/9/20 つきみ

あとがき_3
 これにて約束を交わした埋葬機関終わりですー。ここまで読んでくださってありがとうございます。
 稀織はオリキャラの中で一番気に入ってます。これからも活躍してください。いろんなことで(笑)
 次は月姫のクロスになると思います。
 それでは。
 2004/9/21 つきみ