月光を浴びる埋葬機関
1.
任務だ。
とある街の死徒を滅せよ、とのことだ。
オレは夜中に街に辿り着いた。
しんと静まる。気味が悪い。こんな夜は、でるだろう。
目の前を歩くサラリーマンの中年のおっさんを見る。
「悪いな。こんな体にした死徒をうらんでくれ」
オレの言葉は聞こえていないだろうけど、言わずには居られない。
だって、この人にも大切な人がいるはずなんだ。
それを、理不尽な死徒によって壊された。
————でも、それでもオレは殺さなきゃいけない。
それが、仕事だからだ。
殺すことが、この人の救いになると思っているから。
「祐一?どしたの?」
「月香。これが、オレの仕事だ」
そう月香に言い残し、オレは中年のおっさんの方へ歩み寄る。
月香の戸惑う声を無視し、"破壊"を取り出す。
それを、相手に気づかれぬよう気配もなく、殺気もなく振り下ろした!
ざしゅ————ずどんっ!
切り裂き、風を爆ぜ粉々に男は吹き飛んだ。
「来世で、幸せになれよ……」
オレは哀れみの言葉を漏らした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目が覚める。朝か。
綺麗な一室。オレと月香では広すぎる。
ここは、ホテルの一室。昨日チェックインした。
隣では月香がまだ眠っていた。
「可愛いやつめ」
髪を撫でる。幸せそうに眠る月香は本当に可愛かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜中、昨日と同じように月香と巡回する。
月香は稀織から訓練を受けているので問題はないと思う。
実際、戦っているところなど見たこと無いが。
「ん?」
吸血鬼騒ぎで人も出歩かぬ夜。そこで、オレは一組のカップルを見つけた。
って、あいつは!!
「アルクェイドっ!?」
オレはアルクェイドに向かって叫ぶ。
なんであいつのいるのか。目的がわからない。
「え?あ、祐一だー。久しぶりー♪」
「アルクェイド、知り合いか?」
「そっか。志貴は知らないもんね。彼は相沢祐一。私と相打ちした凄腕の埋葬機関よ」
「へぇ。シエル先輩より強いのか?」
「ええ。シエルなんて相手にならないわ」
シエルなんて相手にならない、か。
昔、オレはシエルにボコボコにやられたことがある。それ以来戦ってない。
もしかしたら、今なら勝てるかもしれないな。
隣の志貴と呼ばれた青年は、オレと同じくらいの年齢だろう。
メガネ————いや、魔眼殺しか。
魔眼殺しをかけ制服である。埋葬機関ではないことは確かだ。
魔眼殺しって、目のチャンネルも変えられないのか?あいつは。
中途半端に実力を持っているのかねぇ……。
「初めまして。相沢 祐一だ。祐一でかまわない」
「ああ。オレは遠野 志貴。オレも志貴でかまわないよ」
「ん、了解。志貴」
「ああ、よろしくな。祐一」
握手を交わした。
何故か違和感を感じた。二つの血が混ざり合っているような、反発しあっているような、違和感。
まぁオレの体じゃないから知ったことじゃないけど。
「祐一。志貴。————くるわよ」
アルクェイドはそう言い、裏路地へ駆ける。
オレと志貴はそれに続く。
志貴も感じているのだろう。死徒がいると。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこは惨殺空間。
血。それもおびただしい量の。
志貴はそれを見て手を口に当てる。吐き気を耐えているのだろう。
なんでこんなのがこっちの世界に関わっている————しかも真祖と。
それが謎だが、まぁいい。
「寒い。嫌、嫌。死にたくない。————あなたたちは、私を殺すの?」
「————弓塚、さん」
志貴が悲痛な声で言う。
彼女————弓塚は制服だった。血に染まった。
そうか、クラスメイトか何かだな。
この空間を作り上げたのが彼女ならば、オレは殺さねばならない。
血に染まった制服。だが、何故か彼女の腕は血に染まっていない。
なら、これをやった犯人は別にいるのでは?
そう思うが、ときすでに遅し。
「ァァアァァァアアアア————!」
眼前に弓塚の腕。
すぐさま思考を停止。破壊するだけのオレになる。
刀を取り出し、弓塚の爪を受ける。
刀が少し押される。なんて力だ。彼女は死徒の中でもレベルが高い。
ここで殺さねばマズイ存在だ。
————でも。
彼女も奪われたんだ。
オレと一緒で。全てを奪われたんだ。吸血鬼に。
おそらく、彼女は吸血衝動に耐えている。
人間で居たいと思ってるんだ。
すぐに血に走ることなく、人間で居たいと願っている。
そんな悲痛な考えが、オレを射抜く。
故に、殺られる。
どしゅ————!
「がふっ!」
「祐一!」
アルクェイドがあせった声を出す。
また余計なことを考えていたせいでやられた。今度は助かることない。
オレの心臓を彼女は握っている。
握れば、それでオレの命は飛ぶ。
————死。
簡単に逃れることはできる。
刹那の魔眼を使い、瞬間を見て彼女を斬り捨てればいいだけだ。
なのに何故体が動かない————?
その理由はオレが一番知っているはずだ。
心臓を握る彼女の腕が震えていた。まだ人を殺したことがないのか。
殺らねば、殺られるというのに。
まだ、彼女は人で居たいと願ってるんだ。
なら、この戦いに意味はない。
それがオレの自己中心的な考えであろうとも。
オレは彼女と戦いたくはない。
「腕が震えてるぞ」
「っ!は、はぁはぁ。殺されるのは嫌」
「……」
彼女は、涙を流していた。
腕がより一層震えを増す。
「でも……人じゃなくなっちゃうのはもっと嫌……」
ああ、彼女は人で居たいんだ。
オレは、彼女を殺すことはできそうにもない。
いっそのこと、死徒になってくれればよかったのに、と思う。簡単に殺すことができるから。
こんな涙を見せられちゃ……殺せないじゃないか。
「人として生きればいい。オレは、お前を殺せそうにも無い」
「え……?私を、殺さないの?」
「オレも全てを吸血鬼に奪われた。だから吸血鬼に復讐をたくらんでたりする。埋葬機関にはいったのは、これ以外に生きるすべがなかったからだ」
「……」
「殺したきゃ殺せよ」
「……うくっ、ひぐっ……」
彼女の腕がオレからゆっくりと抜けた。
心臓がバクバクとうねる。正直、やばかった。
「私、もっと普通の生活したかったんだ。なんで、なんで私だけこんな体になってるのか……わけ、わかんないよぉ……」
彼女は泣いている。
悲痛。見ているだけでこっちの心も痛む。
「吸血鬼化した体を元に戻すことはできない。だったら吸血鬼として生きればいい」
「そんなこと、できないっ!だって、だってすぐに体が血を欲しがるんだ……それに、寒い」
「じゃあどうしろってんだ……くそ」
考えろ。考えろ。考えろ相沢祐一!
彼女が死なずに生きる方法を。
そんなものあるはずがない、と本能がオレに告げるがそれを無視して考える。
「私、弓塚さつきっていうんだ」
「……オレは相沢祐一だ。祐一でかまわない」
「うん。じゃあ私もさつきでいいよ」
突如自己紹介をされ驚くが、オレは返事を返す。
弓塚が寂しそうに口を開いた。
「祐一くん。お願い」
「……なんだ?」
嫌な予感がする。これ以上聞いちゃいけないような気がした。
でも、弓塚の口から言葉が発せられた。
「痛くないように、私を殺して」
「……それしか、ないのか?もっと別の方法が」
「ないよ。それに、もういいんだ。私は最後に祐一くんに助けられたよ」
「ばか、やろ……オレは何もしていない。何もできない。無力なガキだ」
オレは奥歯をかみ締めた。悔しい。何もできなくて悔しい。
ひゅん、と刀を振り上げた。
ゴクリと息を呑む弓塚。
周りでことを見守るアルクェイド、月香、志貴。
「ばいばい、この世界」
オレは刀を振り下ろした————。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
飛び散った鮮血は綺麗で綺麗で、どうしようもなく綺麗で。
「…………はは。オレ、なんで泣いてんだ?今まで数え切れないほど死徒を殺してきたってのによ」
何が悲しいなんて言わなくてもわかった。
オレはこの手で殺したんだ。死徒じゃなく、人間を。
殺すことでしか助けられない、人間を。
「さつき……お前のぶんまで復讐する。ここで誓う」
さらさらと消え行くさつきを見守る。
「泣いてくれてありがとう。祐一くんみたいな人に殺されてよかった」
殺されて良いわけが無い。なんでそんなに笑顔で居られるんだよ、さつき……。
「ばいばい……祐一くん。ばいばい……遠野くん……ばいばい————」
さつきは、オレの顔に自分の顔を近づけていく。
「————好きになれた人」
唇が重なったと同時に灰となり空に舞った。
キスはさつきの血の味がした。
「さつき……オレもお前のこと嫌いじゃなかったよ……」
血に染まった唇もそのままで。
オレは空を見上げた。
月が綺麗な夜。
オレは初めて人を殺した。
とても、とても心が痛くなったけど、それでもオレは立ち止まるわけにはいかない。
「今日は満月だぜ、さつき」
月を見上げる祐一は涙を流していた。拭いもせず、月を見ている。
2.
今日の夜も気味が悪いほど静かだ。
とりあえず————
「見つけた死徒は、殺す」
オレの心はさつきの復讐心でいっぱいだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
何匹殺したのか。
覚えていない。見つけた死徒は全部殺した。
いい加減、親玉がでてきてもいいころなんだが……。
「随分と、荒れてるな」
「……稀織。どうしてここに?」
後ろから来る気配には気づいていた。
だが、それが稀織だとは思っていなかったが。
「そんなもん、祐一の手助けにきたに決まっているだろ」
「そうか。だが、いらん」
「————なんだと?」
「聞こえなかったか、稀織?オレはいらないって言ったんだ」
オレの声は破壊するための存在になっている。
感情を制御できない。
ふつふつと怒りがだんだん煮えたぎっている。
「落ち着け、祐一」
「オレは落ち着いている」
落ち着いている。
それは嘘だ。オレは落ち着いてなどいない。
周りから見れば冷徹に動くキラーマシーンに見えるんだろうけど、稀織には通じない。
「何があった」
「稀織には関係ない。コレはオレの問題だ」
「……はぁ。そうか、わかった。でもな、落ち着け。今の祐一は危うい」
稀織が本気でオレのことを心配してくれているのがわかる。
————でも。
それでもオレの心は落ち着かない。
怒りで満たされている。
さつきを、あんな風にした————!
「————」
思考を停止する。
いや、停止させられた。稀織のキスによって。
気分が波の無い海のように落ち着いた。
「落ち着いたか?」
「……ごめん。オレ、怒りでどうかなってたな」
「何があったかは教えなくていい。けど、力になれるようなことがあったら言ってくれ。力になる」
「さんきゅな。でも、今回はオレ一人でやらなきゃ意味がないんだ」
「……そうか。祐一がそう言うんならオレは見守ってるとしよう」
「ああ。さんきゅ」
やっぱり稀織はいいやつだ。いや、大人というべきか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
静かな闇の中に白き閃光が走る!
それは剣。投げることに特化されている矢のような剣だ。
魔力加工が施されているのか、アスファルトに刺さった剣は燃え上がる。
この剣の名を黒鍵という。
投げるのは女性————シエル。
投げられているのは男性————この街の元凶である、ロア。
転生の理念を得ている最悪の死徒。
「どうした、エレイシア」
男の余裕な声を聞いてさらにいらつく。
ギリっと奥歯を噛み締め、黒鍵をさらに投げる。
すべてよけられる。
ロアの武器は小さなナイフ。大きさは志貴と同じような大きさ。
魔力加工など何もしてない、ただのナイフ。
だが、使っているものはただの死徒ではない。
転生を繰り返せば、希少種に辿り着くこともある。
それが、ロアの体だった、遠野四季。
ロアの目は薄蒼く輝いている。
魔眼。その名も、"直死の魔眼"。
神話級の魔眼である。
「舐めないでくださいよ、ロア————!」
シエルはまた黒鍵を投げる。
「ふん。学習能力がないな、エレイシア」
そして、その黒鍵にまぎれて地を蹴る!
地面スレスレまでしゃがみダッシュ。
その姿はまるで地をすべるスケート選手だ。
「そっちこそ余裕をこいてると————ぶっ飛ばしますよ」
そして、黒鍵を避けたロアに、右ストレートをぶちかます!
バキィ————!
「がふっ————!?」
まだ、シエルの攻撃は終わらない。
黒鍵ではなく、小さなナイフを取りだし、逆手に握り————
「死になさい、ロア」
四方八方から切りつける!
ザンザンザンザンッ————
続く斬撃。
飛び散る血。
死んだ————!
シエルはそう確信した。
だが。
カシュンっ。
一振りのナイフによって。
「え————」
シエルの体は崩れ落ちた。
何がおきた。
なぜ私は倒れている。
いったい、いったい何が————!
冷たい風が吹いている。
寒気がする。
なんだろうか、この寒気は。
まるで、自分から熱がなくなる。そんな感じだ。
「お前の不死を殺したよ。なかなかおもしろかったよ、エレイシア。そろそろ、新しいのがほしくてな。
お前はもういらないんだ」
蒼い瞳がシエルを射抜く。
しまった、これは魔眼————!
気づくのが遅かった。
いったい私は何をしていたんだ。
こいつを殺すことを目標にしていたのに、逆に私が殺される。
ロアの魔眼は、直死の魔眼————!
「————」
シエルは口を動かそうと思ったが口は動かず、発したい言葉を発せない。
「じゃあな、エレイシア」
無常にも振り下ろされたナイフ。
狙うは、シエルに流れる死の線。
ガキィン————!
ナイフがとまった。
とめた人物それは————
「四季っ……!お前、シエル先輩を————!」
遠野君?
————遠野志貴だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
キィン、と俺はナイフをはじき返し、四季に切りかかる。
地面スレスレにかける。
ナイフを上に切り上げるように地から切り上げる!
「ふん。やっときたか、志貴!」
軽い金属音がなり、俺の攻撃を受け流しやがった。
かなり戦闘慣れしている。俺なんかとは全然違う。
————でも。
何故か、血が、疼く。
殺したくてたまらない。
目の前にいる魔を殺したくてたまらないと。
血が、うるさい。
ヒュゥ————
四季のナイフが俺に向かってくる。狙っているのは俺の死の線!
見えてやがる……っ!
それをナイフで防ぎ、バックステップで距離をとる。
だが、その距離を四季はすぐ詰める!
「くっ!」
風を切るナイフを俺は避ける。
掠ったりしても俺は死ぬ。
死には至らないかもしれないが、危険なことは間違いない。
「四季……お前も、見えてるんだなっ……!」
「————ああ。見えてるさ。貴様の死がなっ!」
ガキィン!!!
受け止める。
ガチガチ、とナイフが擦れあい耳障りな音を発する。
まずい、押されている!
俺は横に薙ぐ。そしてその反動で薙いだ反対側へ飛んだ。
ふぅ、と呼吸を整える。
俺の心の中は殺したい、でいっぱいになっている。
殺人衝動がそろそろ爆発するだろう。
く、そ————
くらくらする。世界が反転する。
まずい、まずい、まずい————
これはアルクェイドのときと同じだ。
このままじゃ、四季を殺してしまう……っ!
「志貴ぃ……俺がロアとして手に入れた力の前じゃあ、地にひれ伏すだけだ。
あぁ、そうだ。地にひれ伏せろよ!」
狂ったように四季は叫ぶ————いや、違う?
やつはなんていった。ロア、と聞こえた。
聞き間違い?————違う。聞き間違えなんかじゃない。
ならば————こいつが弓塚さんを殺した、吸血鬼————!
ドンッ
世界が真っ赤に反転した。
意識が、途切れる————
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
……ふむ。
目覚めは良し。
体を確認。間違いなく遠野志貴のものだ。
ナイフを見る。血に染まっていない。
まったく、遠野は何をしていたのか。
俺はロアを見つめる。
「————楽しめそうじゃないか」
「なんだって?」
四季が不思議な顔で俺を見ている。
何をそんな顔をする。
————あぁ、関係ないか。
どうせ、殺すんだ。
「殺しあおう。ロア」
俺は地を思いっきり蹴った!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「公園を包むようにシエルの結界があるよ、祐一っ」
「なに?」
オレは月香が指を刺す公園を見る。
……確かにシエルの結界が張ってあるようだ。
「シエルなら大丈夫だろ、祐一。それより、やることがあるんだろ?」
「ああ。まあな」
稀織の言葉にオレは力強く頷く。
そこで起きた。
グニャリと。
シエルの結界が崩れた。
「なっ」
そして聞こえてくる金属音。
「ちっ!シエルに何かあったか————!」
オレは駆ける。公園に向かって。
後ろに月香と稀織がついてくる。
この街でいったい、何が起きようとしてる。
シエル、無事でいてくれよっ!
3.
結界の中では戦いが行われている。
人の目では追えない速度の戦い。
七夜志貴。ロアという四季の姿をした吸血鬼。
金属音と煌く銀線しか感じることができない。
見るんじゃない。感じることしかできなのだ。
故に、戦いの終結は一瞬。
「来世でやり直せよ、オマエ————」
乾いた志貴の声とともに、戦いは終わる。
結末は、誰もが予想できなかったであろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
急いで俺は結界内に飛び込む。
音はすでに止んで静寂。
遅かったか————!
だが、俺の目は信じられないものを見た。
崩れ落ちる吸血鬼。
それを冷ややかな目で見つめる、志貴。
いや、志貴であって志貴じゃない存在。
俺が初めて出会ったときに感じた違和感そのものだ。
「————遅かったな、埋葬機関」
「志貴。お前……いや、志貴であり、志貴じゃない志貴、か」
「ふん。わかってるじゃないか。————殺しあおう、相沢祐一」
志貴は飛ぶ。人の目には見れない速度で。
それは俺も例外じゃない。見えない。どこを走っているのか。音も気配も、景色が揺らぐこともない。
まさに、暗殺者の領域。
刹那の魔眼、発現————!
ナイフを破壊で受け止める。
受け流す暇などない。ただ、受けるだけ。
悟る。無理だ。俺に倒せる相手じゃない。死ぬ。このままじゃ殺られる————!
刹那の魔眼でも捕らえることのできない相手。
いくら俺の刀が強大でも当てることができなきゃ意味がない。
————と。
志貴が飛びのいた。
俺は何故飛びのいたのか見る。
「 」
稀織が何かを話しながら構えている。どうやら手助けをしてくれるようだ。
魔眼をとりあえず解除する。
「祐一。いくぞ」
「————あぁ。おっけ」
俺と稀織は同時に走る。
刀を肩の上に置き、志貴の動きを見る。
もちろんこのままじゃ見えないので魔眼を発現。
作戦の内容はわかる。何年アイツと仕事してると思っている。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
稀織に七夜の動きは見えない。これっぽちも見えない。
が、体が感覚で防ぐ。
がきんっ。
「やるねぇ、アンタも」
「そりゃどうも————」
口調はお互い軽い。
だが、稀織は防ぐだけで精一杯だ。一撃一撃に全神経を研ぎ澄ませる。じゃないと、殺られる!
まだか。まだか。まだなのか、祐一!
稀織は防ぐしかない。
祐一が、七夜の隙をつき攻撃する瞬間を。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
勝負は一瞬。この一瞬で決まる。だから、失敗は許されないぞ、祐一。
自分に言い聞かし、
「————破壊せよ」
飛んだ。
志貴が疲れきった稀織を殺そうとナイフを振った刹那を、切り裂く!
ドンッ————!!!
今まで放ったことのない、破壊の最大攻撃が志貴に直撃した。
「はぁあああ。散々攻撃してくれたな。俺の拳、食らっとけ————!」
稀織が咆哮とともに宙を舞う志貴を地面に殴り、叩き付けた。
魔眼は解除されている。刹那の中の、刹那とでも言うべきか。それを俺は見た。限界まで使いすぎた。
「ナーイス、祐一」
「そっちこそ。ナイスパンチ、稀織」
パンっと片手でハイタッチをした。
これぞ勝負の結末————。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
志貴はアルクェイドの膝枕で眠っている。
戦いが終わってから数分経過している。
「街を出る。またな、アルクェイド」
「ええ。志貴をとめてくれてありがと。ま、私でもできたけどね」
ふふっと笑うアルクェイド。ああ、そうだな。最初からお前に頼めばよかったよ。まったく。
「行くか、稀織」
「そうだな。じゃあな、シエル。ここでお前は志貴とよろしくやってろ」
「余計なお世話です!」
笑った。皆でひとしきり笑った。
俺は月を見上げた。
「さつき……俺はお前の分まで笑うからさ。そんな俺を見て笑っててくれよ」
月の光を浴びる埋葬機関は、一人今は亡き女性に微笑を向けた。
空高い場所にいる、彼女に向けて。
「うぅ、皆私のこと忘れてるよぅ……」
祐一の中で月香はいじけてましたとさ。
おわり
あとがき_1
私の脳内でもやっぱり殺すことでしか救えないんです、さっちんは。
……さっちんファンに殺されそうです。でも、やっぱり私の中ではこれなんです。
でも、原作とはちょっと変えました。
原作のさっちんはすでに血を吸ってましたが、このSSのさっちんは吸血衝動に耐えてます。
それでは、最後にさっちんラヴな方、ごめんなさい。
2004/9/24 つきみ
あとがき_2
この話は次につなげるための話だと思ってください。
次は、志貴が戦うのか、祐一が戦うのか。
次回、このシリーズのクライマックスです。
2004/10/8 つきみ
あとがき_3
ようやく終わりました。更新がのびてのびてのびた気がします。え?気がしただけじゃないって?
ごめんなさい。
ごほんっ。それは保留してください。
戦闘シーンが薄いのは時間がなくて削ったわけじゃないのです。
七夜と戦ったら誰でもこうなるんじゃないか?と思い書いたのです。
次回は祐一が破壊を手に入れる前の幸せな時間、そして、それが壊れる時間を書きます。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
2004/10/28 つきみ