二人で歩こう……

「須磨寺さん、木田さん、退院おめでとう」
にこりと担当医師だった男が笑う。
心にないことを無理やり言わなくてもいい。うっとうしいだけだ。
くるっとその担当医師とその周りにいる看護婦三人に背中を向け、
「行くぞ、須磨寺」
「…うん」
挨拶もなにもせずに、オレたちは歩きはじめる。
”近頃の若い子は礼儀というものが…”
ごちゃごちゃ言ってやがる。オレたちには常識なんていらないんだよ。世界にいてもいなくても同じなんだからな。
そう、オレたちは世界から見捨てられた存在だ。いや、もしかしたら存在自体していないのかもしれない。
「…どうしたの?」
無言で歩き続けていた、沈黙の世界が須磨寺の声によって破られた。
小さな、弱い、ほっそりとした声。感情のこもっていない声。
「…考え事してただけだ」
突き放すように言い放つ。オレと須磨寺の会話はいつもこんな感じだ。
ここから須磨寺が問い詰めてくるはずだ。
「…そう」
そう思ったら何も言ってこなかった。クソ。これはこれで胸糞悪い。

キーン…コーン…カーン…コーン…
チャイムが鳴っても教室のざわめきが止まらなかった。止まるどころかエスカレートしていく一方だった。
「どうした?時紀」
いきなり椅子を後ろに蹴っ飛ばして大きな音をたてて立ち上がったオレに話しかけてくる。
「…天国に行ってくる」
そう言って教室をあとにする。
「お、おいっ!もう授業が始まるぞ!」
「オレがいたら授業になんてならないだろ」
コソコソ影で喋られると殴り殺したくなってくる。クソ!

屋上には誰もいなかった。そりゃ、もう授業が始まってるから普通は誰も来ないだろう。
そこはオレが存在している、と言える唯一の場所だった。
「…ふぅ」
ポケットからライターとたばこを一本取り出し、火をつける。
………………
雲が流れている。ゆっくりと流れている。
たばこを吸っている間は時間は勝手に流れてくれる。だけど、たばこがなくなったときはどうするつもりなんだ?
億劫だ。全てが億劫だ。何もかも億劫だ。
だけど、死にたくはない。生きようと決めたから。アイツと二人で。

ガチャ
オレの世界の沈黙が破られた。クソ。
「…やっぱりここにいたんだ」
須磨寺か。
「何だ?まさかここから飛び降りる為に授業を抜けてきた、とか言うんじゃないだろうな?」
須磨寺は静かに顔を横に振った。
「…ううん。もうあんなことはしない。世界が私たちを必要としてなくても、たとえいてもいなくても同じような存在でも、私たちは生きていかなきゃいけない…」
「…ああ。…そうだったな」
須磨寺といると心が温かくなる。こんな狂った女といてオレは何を感じているんだ?これがぬくもりとかいうものなのか?
バカバカしい…。
でも、須磨寺と一緒にいたい、という気持ちは抑えられなかった。
綺麗な、無表情な顔。すらっとして細い腕、足。見ているだけで抱きたくなる。
オレは必死に抱きたくなる気持ちを抑えていた。
何でオレは我慢しているんだ?やりたければ、やればいい。この場で犯せばいいのに…いいはずなのに…
体が、拒絶していた。体が、須磨寺を犯すことを拒絶していた。
もう、頭の中はごちゃごちゃだった。クソ!
「…私たちの…」
須磨寺がいきなり口を開いた。
須磨寺の言いたいことはわかった…。
「居場所…どこにも…ないね…」
ふっと静かな笑みを浮かべた。そんな気がした。
「…いや、あるだろ」
何を言ってるんだ、オレは。こんな狂った女に居場所なんてあるのか?
「…え?」
考えとは裏腹に口は動いていく。だけど、口で言うことをオレはなかなか認めれなかった。こんな、こんなにも狂ったやつといることは賛成できなかった。
「…ここ、にあるだろ。居場所」
「…木田くん…」
クソ!オレは何を言ってるんだ。オレは、オレはこんな女なんか!
ぎゅっ…
不意に抱きしめられた感触がして我に返った。
須磨寺がオレを抱きしめている。
オレは抱きしめられている。
須磨寺の息が左耳にふわっとかかる。
ゾクゾクとしたものが背筋を走る。
心臓がドックンドックンと、大きく動いている。
「…この心の気持ち…この暖かい思いが、ぬくもりっていうのかな…」
なんてこった。
須磨寺も同じことを考えていやがる。
こんな狂った女と一緒のことを考えていたなんて、最悪だ。
オレはそう考えようとしたが、なぜか心が温かくなって、
急にドキドキしてきた。まさか、まさかこの気持ちは―――――

今日も全教科終了した。教室の中は別世界だった。
誰もがオレのことを腫れ物扱いした。今までどおり接してくれるのは、功と真帆ちゃんだけだった。
「おい、時紀。帰ろうぜ」
教室の入り口では功と真帆ちゃんが笑顔で立っていた。
「…いや、二人で帰れよ」
びっきらぼうに言い放つ。
「…そうか。んじゃあな」
「木田先輩。バイバイ」
二人ともオレに挨拶し去っていった。
もう教室には誰も残っていない。
ふと疑問に思う。
ここは本当にオレたちの世界なんだろうか―――――

「―――――帰るか」
教室をでて、気づいた。
隣の教室からギターの音が鳴っていることに。
キレイで、心が和むようで、それで何故か悲しい音色。

隣の教室には須磨寺と、エミ公がいた。
「―――――須磨寺」
オレが教室の入り口から声をかけると、指を止め、こちらを向く。
「…どうしたの?木田くん」
その隣に座っているエミ公は寂しそうな顔をしていたような気がした。
「バイト、早く行かないとおやっさんに怒鳴られるぞ」
「…そうね。行きましょうか」
ギターをしまい、カバンを持ちこちらに歩み寄ってくる。
「ねぇねぇ、先輩」
不意にエミ公が須磨寺に話しかける。
「何?」
エミ公は真剣な顔をして、
「先輩はお兄ぃのこと好きなんですか?」
―――――ドックン
大きく心臓が揺れた気がした。
何故こうも心臓が揺れるんだ。クソ!
「…わからないの。本当の自分の心が…」
そりゃそうだ。自分の感情を今まで封印、いや、今でも封印してるかもしれない。
でも、そんな須磨寺をオレは―――――

二人とも無言でバイト先に向かう。
だが、この沈黙に耐えられなくなったオレは声をだした。
「なあ、須磨寺」
「…何?」
ドックンドックン―――――
心臓ははちきれんばかりに動き回っている。
落ち着け、落ち着けオレ!
ふぅ、と一回息を吐き、静かに言った。
「―――――好きだ」
何もかもが止まったように思えた。
告白した瞬間、口をふさがれた。須磨寺の唇によって。
すっと離れる。名残惜しい。心からそう思ったのは初めてかもしれない。
「…やっと」
「―――――え?」
まだボーっとしていたオレの頭が覚醒する。
「…やっと言ってくれたね…。木田くん」
「え?どういう意味…あ…もしかして」
まさか須磨寺もオレのことが…
「言う勇気がなかったの…拒絶されたら、居場所がなくなっちゃうから…」
「…そうだな。オレもそれが怖かった」

居場所…オレと須磨寺の居場所。
居場所なんてないだろう。居場所と言える場所はあのおせっかいな人がいるケーキ屋くらいだろう。
でも、居場所なんて関係なかった。
「…居場所なんて関係ねぇよ」
「…え?」
「オレは、須磨寺さえいればいいんだよ」
素直な気持ちを言えたのはこれが初めてかもしれない。
「ずっと…隣にいてくれ…須磨寺」
「…うん」
須磨寺の声がかすれていた。隣を見ると須磨寺が泣いていた。
「…あれ…?なんで、涙が…?わたし…なんでだろ…」
感情がない、か。充分あるじゃねぇか。

「…ごめんね」
「何で謝るんだよ」
「…だって」
「―――――今からやろうぜ」
須磨寺の言葉をさえぎり言う。
「…ふふっ。バイトが終わってから…ね」
「…ああ」

バイト先に向かうオレたちの顔はすっきりとしたものだった。
また、明日菜さんにからかわれるんだろうな、と思いながら歩く。
この道は…オレたちの未来につながっている。

あとがき
どうも。久々にSSUPです。
天使のいない12月、須磨寺雪緒のアフターストーリーです。
自分なりに上手く書けたと思ってるんですけど、どうでしょうか?
感想など、掲示板に書いてくだされば飛び跳ねて喜びます。
2003 11/9